棋士に学べ! 今、起業家が食らうべき勝負メシ5選

起業家のみなさん、ちゃんとご飯を食ってますか。
また栄養ゼリーで済ませてませんか。そんな補給で、修羅場を勝ち抜けると思っているなら、ちょっと甘い。

学んでください。棋士に学んでください。
なにしろ棋士は、将棋という運の入り込む余地が限りなく少ない勝負の世界に生きています。ほんのわずかな判断の差が、そのまま勝敗になる。だからこそ、彼らは盤上だけでなく、盤外──つまり「食」にも独特の哲学を持っているのです。

今回は、ビジネスという負けられない戦いに挑むインドアのために、将棋棋士たちの実例をもとに「勝負メシ」を5つ紹介します。食えば勝てる、とは言いません。だが、食にその人の勝負観は出ます。

升田幸三と「絹ごし豆腐」

──反骨精神は、豆腐の好みにまで宿る

升田幸三といえば、戦後を代表するスター棋士。豪放磊落な人物像と、将棋に革新をもたらしたことで知られ、「新手一生」の言葉でも有名な大名人です。
そんな升田がまだ若かった頃、当時の木村義雄名人との決勝リーグ前夜祭で、のちに語り草となるやりとりを起こします。

発端は、なんと豆腐でした。
食通として知られた木村名人が「豆腐は木綿に限る」と語っていたところ、升田が即座に噛みつきます。

「いや、豆腐は絹ごしが上等と決まっとる」

この豆腐論争がヒートアップし、ついにはあの有名な

「名人なんて、ゴミのようなものだ」

という挑発にまで発展したわけです。豆腐から始まる名人戦、どうかしてる。だが、そこがいい。

ここで重要なのは、升田にとって「絹ごし豆腐」が単なる好みではなかったことです。
それは、自分が挑む相手の価値観にすら従わないという、徹底した反骨の表明だった。

勝負師に必要なのは、技術だけではありません。「お前の常識に、俺は乗らない」という姿勢です。升田の絹ごし豆腐には、その意地が詰まっているのです。

起業家のみなさんも、競合の好きなランチを聞いて、必要以上に反対してみてはいかがでしょうか。
ただし、関係はこじれます。

丸山忠久九段の「パパイヤとマンゴー」

──続ける力は、だいたい果物からできている

2011年の竜王戦。絶対王者・渡辺明竜王に挑んだのは、名人経験者でもある丸山忠久九段でした。

このシリーズで注目されたのは、盤上の攻防だけではありません。丸山九段の異様なまでに一貫した食の選択でした。

初日も、二日目も、次の対局も──おやつはパパイヤ。食後はマンゴー。ときどきアイスティー。とにかく、パパイヤとマンゴーが出続ける。もう執念です。果実への執念。

なぜそこまで果物を頼むのか。丸山九段はこう語っています。

「脳に栄養を与えようかなと。甘いものは欲しいので。ただ、ケーキとかは食べ過ぎると太るので、果物を頼みました」

実に理にかなっている。甘さは欲しい。でも重たすぎるものは避けたい。集中力を維持したい。身体にも気を遣いたい。

ここから学べるのは二つです。

ひとつは、勝負の場では、余計な迷いを減らすために決め打ちが強いということ。
もうひとつは、甘いものを摂るなら、たしかに果物はわりと賢いということです。

起業家に必要なのは、大胆な発想と同じくらい、地味な継続です。毎回違うことをして消耗するより、勝ち筋になる習慣を反復する。丸山九段のパパイヤは、そういう思想の食べられるバージョンなのかもしれません。

丸山九段と「丸山定食」

──名前が付くまで食え。それがブランドだ

またしても丸山九段です。この人、盤上も強いが、食のエピソードもやたら強い。

東京・千駄木、将棋会館近くの蕎麦屋「みろく庵」には、ファンの間で知られる通称**「丸山定食」**があります。
内容はシンプルです。

唐揚げ定食 + 唐揚げ3個追加

通常3個の唐揚げに、さらに3個。合計6個。
理屈はない。いや、ある。たぶん、必要だから増やしたのだ。

この注文が知られるようになり、いつしか「丸山定食」として定着した。
ここで見逃せないのは、注文がメニュー名にまで昇格していることです。

これはすごい。
ただ食べただけなのに、行動が名前になる。
食事で個人ブランドを確立している。強い。強すぎる。

仮に唐揚げ1個を「唐揚げパワー1」とするなら、丸山定食はパワー6です。
ダメージを1受けても、まだ5ある。雑なRPG理論ですが、気持ちはわかる。

起業家にとっても重要なのは、こういうことです。
繰り返し、選び続けたものが、自分の看板になる。

商品でも、サービスでも、習慣でもいい。
「あの人といえばこれ」と言われるところまで行けば、それはもう立派な資産です。

……まあ、だからといって毎回唐揚げ6個追加する必要はありません。
でも、名前が付くほど続けたものは、確実にあなたを強くします。

丸山九段と「チャーシュー追加」

──勝負師は、ときに加算で殴る

また丸山九段です。ここまで来ると、もはや一つの食文化圏です。
ある対局で、丸山九段は冷やし中華にチャーシューを5枚追加。翌日は6枚追加。さらにその翌日は、冷やし中華大盛りにチャーシュー6枚追加。ここまで来ると、食事というより構築です。

もしチャーシュー1枚を「チャーシューパワー1」と定義するなら、6枚追加でパワー6。さらに大盛りなら、もうそれは祭りです。カーニバルです。冷やし中華カーニバル。

このエピソードの教訓は明快です。勝負の場では、ときに「最適化」より「明確な増量」が人を安心させる。
細かい理屈を捨てて、「今日はこれで行く」と腹を決めることがある。
丸山九段のチャーシュー追加は、その象徴に見えます。

起業家も同じです。
プレゼン前、商談前、修羅場前。
中途半端に小さく整えるより、“これで戦う”と自分にわからせる儀式が必要なことがある。

それがチャーシュー6枚かどうかは知らんけど、まあ、たぶん何かしらの追加はあった方がいい。

羽生善治と「溶けたアイス」

──勝者は、ときに形を失ったものすら飲み干す

最後は、羽生善治です。

ある棋士が、こんな話を語ったとされます。対局中、羽生さんがおやつに高級アイスを頼んだ。
しかし、そのときはまさに終盤の大事な局面。羽生さんは深く考え込み、アイスには一切手をつけない。
当然、アイスは溶けていく。じわじわと。確実に。形を失いながら、ただの液体になっていく。それでも羽生さんは、盤に没入している。気づいていないのではないか、と思うほどに。
その様子を見ていた相手棋士は、ふと考えてしまう。
「あの溶けていくアイスは、俺なんじゃないか」と。
どれだけ準備してきても、どれだけ自分を整えてきても、本物の集中の前では、輪郭が崩れ、自信が液体になっていくことがある。そして長考の末、羽生さんは一手を指す。派手でも奇抜でもない、しかし確かな一手。

そのあと、羽生さんは溶け切ったアイスを、ズズズッと飲んだ。何事もなかったように。
この話がどこまで事実かはわかりません。都市伝説かもしれない。誇張もあるでしょう。けれど、真偽以上に、この話が語り継がれること自体に意味がある。それは、羽生善治という存在が、人が一対一で戦うということの極北として受け取られているからです。

起業家にとって「食」とは、単なる栄養補給ではありません。それは、自分の集中をどう扱うか。
自分の崩れをどう受け止めるか。そして、形を失ったものすら、最後に飲み込めるかという話です。

羽生さんは、溶けたアイスを飲む。つまり、そういうことなのです。

食は、勝負の外側にあるようで、ど真ん中にある

いかがだったでしょうか。
棋士たちの「食」を見ていくと、そこには単なる好み以上のものがあります。

  • 升田幸三の絹ごし豆腐には、反骨がある。
  • 丸山忠久のパパイヤとマンゴーには、継続の思想がある。
  • 丸山定食には、習慣がブランドになる力がある。
  • チャーシュー追加には、腹を決める儀式がある。
  • 羽生善治の溶けたアイスには、勝負師の異様な集中がある。

将棋報道ではしばしば「棋士メシ」が取り上げられます。
たしかに、一般の人にとって将棋の入口として“食”はわかりやすい。
ただ、「将棋は難しいから、メシの話だけしておこう」という態度に終始するなら、それは少し寂しい。
なぜなら、棋士と食は、ただの雑談ではなく、勝負観そのものの断片だからです。

食は、将棋の外側にあるようでいて、実はかなり内側にある。そしてそれは、私たち起業家にとっても同じでしょう。
何を食うか。どう食うか。なぜそれを選ぶのか。その積み重ねの先に、その人なりの戦い方がにじむ。
だからこそ、盤上に生きる棋士たちの食卓から、学べることは案外多いのです。

アイスを飲む羽生善治。その姿に、私たちは「一対一で戦う」ということの凄みを、どうしたって感じてしまう。そしてせめて、次の修羅場の前くらいは、栄養ゼリー一本で済ませるのをやめようか、という気になる。たぶん、それは進歩です。